しかし、手塚治虫が戦後漫画に及ぼした最大の影響ーそれは、本来タブーとされていた「性」を、二次元世界であるコミックの領域に持ち込んだ事・・・それに尽きるのではないでしょうか。それによって現代日本が世界に誇る「MANGA」文化は、より深く、より身近に現代人の苦悩までも救い上げる存在となり得たのだと思われます。
この作品においては、登場人物たちが哀しいまでに自らの「性」に振り回され、破滅していきます。主人公の結城美知夫は、「悪」の象徴化であると同時に、人類が持って生まれた原罪の象徴でもあります。だからこそ、彼に関る人間達は、彼を憎悪しつつも離れることが出来ない。むしろ、どうしようもなく惹かれていってしまいます。読んで頂ければお分かりになるでしょうが、もはや彼は一人の人間としての存在を超越しています。これは単なるピカレスクロマンを超えて、時代を超えた「悪の寓話」なのだと思います。
(実際、「整合性」という点に置いては、首を傾げたくなるような場面も多々見られます)
「鉄腕アトム」等で「正義とは何か」を追求し続けた手塚先生は、同時に「悪とは何か」という疑問も追及せずにはいられなかったのでしょう。ここでは、結城美知夫個人としての悪だけではなく、社会悪としての戦争がもたらす悲劇、も描かれていて、その点に於いても読み応えを感じます。
巨匠の名声に甘んじることなく、常に未開の地平を開拓し続けた手塚先生の野心作。「手塚漫画は健全すぎてちょっとね・・・」という方に、是非お勧めしたい作品です。