え〜!司馬さんが40代の頃の作品なんだ〜!なんかすっごい。
書かれた時代は高度成長期のまっただ中で、古い日本を変えてやろうという戦中派世代が鋭い気概に燃えていた頃だったろう。戦国のスーパーマン、松波庄九郎の姿はこのころの植木等的サラリーマンにはスゴイ魅力的だったことだろうなぁ。そのスーパーマン庄九郎もこの巻の終わりではかなり哀しい。いつまでも若々しい華やぎのあるお万阿が素晴らしい。 信長編へのつなぎこの巻では、斎藤道三の守護代時代からの後半生が描かれています。成り上がりの道三のイメージとは異なり、善政・知略で国を平らげていく課程が描かれています。つまり、この本の「国盗り物語」というタイトルの主題を描いている部分なのですが、この時期の道三は私の持つ「ギラギラした」道三の魅力はありません。
しかし尾張の信長の父親である信秀が魅力的に書かれていて、後の信長編に続く導線を引いています。早く信長編を読みたいと思わせる巻でした。また「雑話」という章があるのですが、ここでは司馬氏自身が道三と世間話をするところを想像する、という面白い趣向があります。ここでの司馬氏と道三のやりとりは、この巻での一興でした。